WT6-I01|歴史総合・世界史探究 対策問題
世界恐慌への対応としてイギリスがとった政策はどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
オタワ会議でスターリング・ブロックを形成した
この問題のポイント
世界恐慌へのイギリスの対応を問う問題。1932年オタワ会議でのスターリング・ブロック形成(ブロック経済)が答え。
解説
1929年に始まった世界恐慌に対し、各国は自国優先の対応に走った。
イギリスは1931年に金本位制を離脱し、翌1932年、カナダのオタワで連邦会議を開いた。そこで本国と自治領・植民地を特恵関税で結び、域外には高関税をかけるスターリング(ポンド)・ブロックを形成した。
フランスもフラン・ブロックを作り、広大な植民地を「持てる国」は排他的なブロック経済で恐慌をしのいだ。
しかしブロック経済は世界貿易を縮小させ、植民地を「持たざる国」の日本・ドイツ・イタリアは、武力による勢力圏拡大へ向かった。この対比が第二次世界大戦の経済的背景として最重要である。
ひっかけポイント
ニューディールはアメリカ、五カ年計画はソ連の政策であり、国と政策の対応の入れ替えが定番。「持てる国=ブロック経済/持たざる国=侵略」の枠組みで整理する。
選択肢の確認
①「オタワ会議でスターリング・ブロックを形成した」
✅ 正しい。
正解。イギリスは1931年に金本位制を離脱し、1932年のオタワ連邦会議で本国と自治領・植民地を特恵関税で結ぶスターリング・ブロックを形成した。
②「ニューディール政策を実施した」
❌ 誤り。
ニューディールはアメリカのフランクリン・ローズヴェルトが実施した政策であり、イギリスの対応ではない。
③「第1次五カ年計画を開始した」
❌ 誤り。
第1次五カ年計画は1928年からソ連のスターリンが実施した計画経済である。
④「武力による領土拡大を進めた」
❌ 誤り。
武力による勢力圏拡大へ向かったのは広い植民地を持たない日独伊であり、イギリスは既存の帝国を囲い込む道をとった。
覚えるポイント
- オタワ連邦会議は1932年、スターリング・ブロック形成
- イギリスの金本位制離脱は1931年
- 持たざる国(日独伊)は武力による拡大へ
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。