WT6-I27|歴史総合・世界史探究 対策問題
ナチ体制下のユダヤ人迫害について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
ニュルンベルク法で公民権を奪い、「水晶の夜」では組織的な破壊と暴力が行われた
この問題のポイント
ナチのユダヤ人迫害の段階を問う問題。ニュルンベルク法(法による差別)と水晶の夜(暴力の公然化)の組合せで解ける。
解説
ナチ体制のユダヤ人迫害は、段階的にエスカレートしていった。
第1段階は法による差別である。1935年のニュルンベルク法は、ユダヤ人から公民権を奪い、ドイツ人との通婚を禁止した。
第2段階は暴力の公然化である。1938年11月9日の夜、全国でシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)や商店が組織的に襲撃された。割れたガラスが月光に輝いたことから「水晶の夜(クリスタル・ナハト)」と呼ばれる。
第3段階が第二次世界大戦中の絶滅政策であり、アウシュヴィッツなどの収容所で約600万人が犠牲となるホロコーストに至った。
差別が法→暴力→絶滅へ段階的に進んだ構造そのものが、資料問題の核心として問われる。
ひっかけポイント
「法に基づかなかった」は誤りで、ニュルンベルク法というれっきとした法律による差別だった点が急所。迫害は戦前から始まっており「戦後に開始」も誤り。
選択肢の確認
①「ニュルンベルク法で公民権を奪い、「水晶の夜」では組織的な破壊と暴力が行われた」
✅ 正しい。
正解。1935年のニュルンベルク法でユダヤ人の公民権を奪い、1938年11月の水晶の夜ではシナゴーグや商店が組織的に襲撃された。
②「迫害は法律には基づかなかった」
❌ 誤り。
迫害はニュルンベルク法など法律の形をとって進められた点にこそ特徴がある。
③「迫害は戦後になって初めて始まった」
❌ 誤り。
迫害は1933年の政権獲得直後からユダヤ人商店の排斥などの形で始まっており、戦後ではない。
④「ユダヤ人の国外移住は一貫して禁止も制限もされなかった」
❌ 誤り。
ユダヤ人の移住は当初は促されたが後に禁じられ、戦時下には強制収容と絶滅政策へ移った。
覚えるポイント
- ニュルンベルク法は1935年、公民権剥奪
- 水晶の夜は1938年11月、組織的襲撃
- 法→暴力→絶滅(ホロコースト)の段階的進行
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。