WT7-C20|歴史総合・世界史探究 対策問題
1978年から鄧小平が進めた改革開放政策について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
人民公社を解体し、経済特区を設けて外資を導入した
この問題のポイント
改革開放政策の内容を問う問題。人民公社の解体と経済特区での外資導入、という2本柱で解ける。
解説
文化大革命の終結後、復活した鄧小平は1978年、「四つの現代化」を掲げて改革開放路線へ大きく舵を切った。
農村では人民公社を解体し、農家ごとの生産請負制(生産責任制)を導入した。意欲を取り戻した農業は生産を急増させた。
対外的には、深圳・珠海など沿海部に経済特区を設け、税の優遇などで外国資本と技術を積極的に導入した。「社会主義市場経済」と呼ばれるこの路線のもと、中国は数十年に及ぶ高度成長を開始した。
ただし経済の自由化は政治の民主化を意味しなかった。1989年、民主化を求めた学生・市民は天安門事件で武力弾圧された。「経済は開放・政治は統制」という二本立てが核心である。
ひっかけポイント
「計画経済の強化」「集団化の再強化」は改革開放と正反対。天安門事件(1989年)が東欧革命と同年という対比は、世界史探究らしい同時代比較の定番。
選択肢の確認
①「人民公社を解体し、経済特区を設けて外資を導入した」
✅ 正しい。
鄧小平は1978年から四つの現代化を掲げ、人民公社を解体して農業の生産責任制を導入し、深圳など経済特区を設けて外国資本を導入した。
②「計画経済をいっそう強化した」
❌ 誤り。
改革開放は計画経済の枠を緩めて市場原理を取り入れた政策であり、強化とは逆である。計画経済の徹底は毛沢東時代の路線にあたる。
③「農業の集団化を再強化した」
❌ 誤り。
農業集団化の象徴だった人民公社は解体され、農家ごとの生産請負制に切り替えられた。
④「外国との貿易をすべて禁止した」
❌ 誤り。
経済特区の設置は外国資本と貿易を呼び込むための政策であり、貿易の全面禁止とは正反対である。
覚えるポイント
- 改革開放は1978年開始、鄧小平が主導
- 人民公社解体と経済特区(深圳など)の設置
- 1989年天安門事件、経済開放と政治統制の二本立て
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。