WT7-D16歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究E 地球世界の課題(2) 経済のグローバル化と格差の是正

エジプトとイスラエルの和平について述べた文として正しいものはどれか。

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正解: 3

正解

サダト大統領の訪イスラエルを経て、1979年に平和条約が結ばれた

この問題のポイント

エジプト・イスラエル和平を問う問題。サダトの訪イスラエルから1979年平和条約までの流れと、その代償で解ける。

解説

第4次中東戦争(1973年)を戦ったエジプトのサダト大統領は、戦争の継続では失地回復も経済再建も不可能と判断し、和平へ大きく舵を切った。
1977年、サダトはアラブの指導者として初めてイスラエルを訪問し、世界を驚かせた。アメリカのカーター大統領の仲介で1978年にキャンプ・デーヴィッド合意が成立し、1979年、エジプト・イスラエル平和条約が調印された。イスラエルは占領していたシナイ半島をエジプトへ返還した。
しかしアラブの盟主による単独和平は他のアラブ諸国の激しい反発を招き、エジプトはアラブ連盟から一時追放され、サダト自身は1981年にイスラーム急進派に暗殺された。
パレスチナ問題そのものは未解決のまま残った点も重要である。

ひっかけポイント
仲介したのはソ連ではなくアメリカ(カーター)。和平の代償(サダト暗殺・アラブ連盟からの一時追放)と、パレスチナ問題は未解決という限界までセットで問われる。

選択肢の確認

①「和平はソ連の仲介で実現した」
誤り。
仲介したのはアメリカのカーター大統領であり、ソ連ではない。

②「和平後、サダトはノーベル賞を辞退して長期政権を続けた」
誤り。
サダトはノーベル平和賞を受賞しており、単独和平への反発を背景に1981年に暗殺された。

③「サダト大統領の訪イスラエルを経て、1979年に平和条約が結ばれた」
正しい。
サダト大統領が1977年に電撃的にイスラエルを訪問し、アメリカのカーター大統領の仲介によるキャンプ・デーヴィッド合意を経て、1979年にエジプト・イスラエル平和条約が結ばれた。

④「両国は現在も交戦状態にある」
誤り。
1979年の平和条約で国交が開かれ、シナイ半島もエジプトに返還されており、交戦状態にはない。

覚えるポイント

  • サダト訪イスラエルは1977年
  • キャンプ・デーヴィッド合意1978年→平和条約1979年
  • シナイ半島返還、サダトは1981年暗殺

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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