WT7-D19|歴史総合・世界史探究 対策問題
パレスチナ解放機構(PLO)とその後の和平について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
アラファト議長のPLOはオスロ合意でイスラエルと相互承認し、パレスチナ暫定自治が始まった
この問題のポイント
PLOと中東和平を問う問題。アラファトのPLOがオスロ合意(1993年)でイスラエルと相互承認した点がポイント。
解説
パレスチナ解放機構(PLO)は1964年に結成され、アラファト議長のもとイスラエルへの武装闘争を展開してきた。
しかし1987年からのインティファーダ(占領地でのパレスチナ民衆の蜂起)で国際世論が動き、冷戦の終結も後押しして、PLOは交渉路線へ転換した。
1993年、ノルウェーの仲介でオスロ合意が成立した。PLOとイスラエル(ラビン首相)は互いを承認し合い、ガザ地区とイェリコでパレスチナ暫定自治が始まった。
ただしこれは最終解決ではなく、エルサレムの帰属・入植地・難民の帰還といった難問は先送りされた。1995年のラビン暗殺などで和平プロセスは停滞し、問題は今日も未解決である。
ひっかけポイント
オスロ合意は「相互承認と暫定自治」であって「完全解決」ではない、という到達点の見極めが最重要。仲介はノルウェー、当事者はアラファトとラビンという組合せも問われる。
選択肢の確認
①「PLOは一度も交渉に応じなかった」
❌ 誤り。
PLOはオスロ合意でイスラエルと相互承認に至っており、交渉に応じなかったという事実はない。
②「オスロ合意でパレスチナ問題は完全に解決した」
❌ 誤り。
合意は暫定自治の枠組みにとどまり、入植地やエルサレムの帰属は先送りされて問題は未解決のまま残った。
③「PLOはイスラエル政府の下部組織である」
❌ 誤り。
PLOはパレスチナ人の解放をめざす組織であり、イスラエル政府の下部組織ではない。
④「アラファト議長のPLOはオスロ合意でイスラエルと相互承認し、パレスチナ暫定自治が始まった」
✅ 正しい。
アラファト議長のPLOは武装闘争から交渉路線へ転じ、1993年、ノルウェーの仲介によるオスロ合意でイスラエルと相互承認し、ガザとイェリコで暫定自治が始まった。
覚えるポイント
- オスロ合意は1993年、PLOとイスラエルの相互承認
- アラファト議長とラビン首相、ノルウェー仲介
- 暫定自治開始も最終地位問題は未解決
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。