WT8-A05歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究B 諸地域の歴史的特質の形成(2) 古代文明の歴史的特質

ローマ帝国の「五賢帝時代」について述べた文として正しいものはどれか。

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正解: 3

正解

ネルウァからマルクス・アウレリウス・アントニヌスまでの約100年で、帝国の最盛期とされる

この問題のポイント

五賢帝時代の定義を問う。ネルウァに始まる約100年がローマ帝国の最盛期という基本知識で解ける。

解説

前提として、ローマは前27年から帝政に移行し、約200年間の平和と繁栄(パクス・ロマーナ)を迎えていた。
その頂点が、96年のネルウァからトラヤヌスハドリアヌス・アントニヌス・ピウス・マルクス・アウレリウス・アントニヌスまで、5人の有能な皇帝が続いた約100年の五賢帝時代である。

  • トラヤヌス帝のとき帝国の領土は最大
  • マルクス・アウレリウス帝は『自省録』を著した哲人皇帝
    この時代、ローマ商人は季節風貿易でインドまで達し、後漢の史書には大秦王安敦(マルクス・アウレリウスとされる)の使者が日南郡に来たと記録された。東西世界がつながっていた証拠として頻出である。

ひっかけポイント
王政期・帝国末期など時代の位置の入れ替えに注意。「大秦王安敦」を秦の始皇帝などと混同しない。ローマ皇帝の中国側呼称である。

選択肢の確認

①「西ローマ帝国滅亡直前の混乱期を指す」
誤り。
五賢帝時代は帝国の最盛期であり、混乱期にあたるのは3世紀の軍人皇帝時代である。

②「キリスト教国教化後の時代を指す」
誤り。
キリスト教が国教とされるのは4世紀末のテオドシウス帝の時代であり、五賢帝時代より後である。

③「ネルウァからマルクス・アウレリウス・アントニヌスまでの約100年で、帝国の最盛期とされる」
正しい。
96年のネルウァから、最大版図を実現したトラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、哲人皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスまでの約100年を五賢帝時代と呼び、ローマの平和の頂点とされる。

④「ローマ建国直後の王政期を指す」
誤り。
王政期は建国伝説上の前8世紀から前6世紀末までであり、五賢帝時代は帝政期の1世紀から2世紀にあたる。

覚えるポイント

  • 五賢帝は96年ネルウァから約100年間
  • トラヤヌス帝のとき領土最大
  • 大秦王安敦=マルクス・アウレリウス説(後漢に使者)

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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