WT8-B17歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究C 諸地域の交流・再編(2) 結び付くユーラシアと諸地域

ティムール朝について述べた文として正しいものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 3

正解

中央アジアに興り、都サマルカンドはイスラーム文化の中心として栄えた

この問題のポイント

ティムール朝の位置と文化を問う。中央アジアの帝国で、都サマルカンドがトルコ・イスラーム文化の中心という基本で解ける。

解説

前提として、14世紀後半、モンゴル帝国解体後の中央アジアで、ティムールがモンゴル帝国の再興を掲げて台頭した。
ティムールは中央アジアから西アジアにまたがる大帝国を築き、1402年のアンカラの戦いでは、新興のオスマン帝国軍を破って皇帝バヤジット1世を捕虜にした。オスマン帝国は一時滅亡の危機に陥り、これが1453年のコンスタンティノープル征服より前の出来事である点が整序で問われる。
サマルカンドは、壮麗な青いドームのモスクや学院(マドラサ)が立ち並ぶトルコ・イスラーム文化の中心として栄えた。天文学者でもある君主ウルグ・ベクの天文台も名高い。
ティムールの子孫バーブルが、のちにインドでムガル帝国を建てるという系譜も重要である。

ひっかけポイント
アンカラの戦い(1402年・オスマンの挫折)とコンスタンティノープル征服(1453年)の前後関係が整序の定番。ティムール朝からムガル帝国への系譜も見落としやすい。

選択肢の確認

①「アフリカ大陸を統一した」
誤り。
ティムールの遠征範囲は中央アジア・西アジア・インド方面であり、アフリカ大陸の統一ではない。

②「キリスト教を国教とした」
誤り。
ティムール朝はイスラームを奉じた王朝であり、キリスト教を国教とはしていない。

③「中央アジアに興り、都サマルカンドはイスラーム文化の中心として栄えた」
正しい。
ティムールは14世紀後半に中央アジアから西アジアにかけて大帝国を築き、都サマルカンドはモスクと学院が立ち並ぶトルコ・イスラーム文化の中心として栄えた。

④「日本列島に成立した王朝である」
誤り。
ティムール朝は中央アジアに興った王朝であり、日本列島とは関係がない。

覚えるポイント

  • ティムール朝=中央アジア、都サマルカンド
  • アンカラの戦い(1402年)でオスマン軍を撃破
  • 子孫バーブルがムガル帝国を建国

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

WT8-B16WT8-B18