WT8-B24|歴史総合・世界史探究 対策問題
大西洋奴隷貿易の廃止の歩みについて述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
イギリスは1807年に奴隷貿易を、1833年に奴隷制そのものを廃止した
この問題のポイント
イギリスの奴隷貿易・奴隷制廃止の2段階を問う。1807年(貿易禁止)と1833年(制度廃止)の区別が最大のポイント。
解説
前提として、17〜18世紀のイギリスは大西洋三角貿易(武器・雑貨→奴隷→砂糖・綿花)で巨利を得ており、奴隷貿易の最大の担い手だった。
しかし18世紀末から、ウィルバーフォースら福音主義者の運動、砂糖不買運動などの世論が高まり、廃止への歩みが進んだ。
- 1807年:奴隷貿易の禁止(人の売買・輸送の禁止)
- 1833年:奴隷制そのものの廃止(帝国内の奴隷の解放)
この2段階は26年ずれており、区別が最重要である。アメリカでは南北戦争中の1863年の奴隷解放宣言、憲法修正第13条(1865年)まで待つことになる。
廃止後、プランテーションの労働力はインド系・中国系の年季契約労働者(クーリー)に置き換えられ、世界各地への移民の波を生んだ。差別の問題は制度廃止後も続いた。
ひっかけポイント
貿易廃止(1807年)と制度廃止(1833年)は別の出来事であり、年号の入れ替えが定番。廃止と同時に差別も消えたとする選択肢は明確に誤り。
選択肢の確認
①「イギリスは1807年に奴隷貿易を、1833年に奴隷制そのものを廃止した」
✅ 正しい。
ウィルバーフォースらの運動と世論を受け、イギリスは1807年に奴隷貿易を禁止し、1833年に帝国内の奴隷制そのものを廃止した。貿易の禁止と制度の廃止が二段階である点が要点である。
②「奴隷貿易は20世紀末まで合法だった」
❌ 誤り。
イギリスは19世紀前半に廃止しており、アメリカも南北戦争中の奴隷解放宣言(1863年)を経て廃止した。20世紀末まで合法だったとするのは誤りである。
③「廃止運動はアフリカ諸国だけが担った」
❌ 誤り。
廃止運動の中心はイギリス本国の人道主義者や宗教団体、および奴隷自身の抵抗であり、アフリカ諸国だけが担ったわけではない。
④「廃止と同時に人種差別も消滅した」
❌ 誤り。
廃止後もアメリカの人種隔離政策や南アフリカのアパルトヘイトなど人種差別は続いており、同時に消滅してはいない。
覚えるポイント
- イギリスの奴隷貿易禁止は1807年
- 奴隷制廃止は1833年(2段階を区別)
- 廃止後はアジア系年季契約労働者が代替
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。