WT9-E16|歴史総合・世界史探究 対策問題
戦後西ヨーロッパの高度成長を支えたアメリカの援助計画はどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
マーシャル・プラン
この問題のポイント
戦後西欧復興を支えたマーシャル・プランを問う。冷戦の分岐点となった援助であり、ドーズ案との時代の区別が鍵。
解説
前提として、第二次世界大戦後のヨーロッパは経済が荒廃し、貧困の中で共産党の影響力が拡大していた。
1947年、アメリカの国務長官マーシャルはマーシャル・プラン(ヨーロッパ経済復興援助計画)を発表した。トルーマン・ドクトリン(共産主義封じ込め)と対をなす経済版の冷戦政策である。
西欧16カ国は受け入れて総額130億ドル余りの援助を受け、戦後復興と1950〜60年代の高度成長(西ドイツの「経済の奇跡」など)の基盤を築いた。受け入れ調整の組織は後のOECDの母体となった。
一方、ソ連と東欧諸国は受け入れを拒否し、東西の経済的分断が固定された。援助の受け入れの可否がそのまま冷戦の陣営分けになったのである。ドーズ案(1924年)は戦間期のドイツ賠償問題への資金計画であり、時代が全く異なる。
ひっかけポイント
ドーズ案(1924年・対ドイツ賠償支援)との時代の混同が定番のひっかけ。ソ連・東欧の拒否=東西分断の固定化という冷戦史上の意味まで問われる。
選択肢の確認
①「ドーズ案」
❌ 誤り。
ドーズ案は1924年、ドイツの賠償支払いを緩和しアメリカ資本を導入した計画で、時期が20年以上異なる。
②「ニューディール」
❌ 誤り。
ニューディールは1930年代にアメリカ国内で行われた恐慌対策であり、対外援助計画ではない。
③「武器貸与法」
❌ 誤り。
武器貸与法は1941年に成立し、第二次世界大戦中に連合国へ物資を供与した法である。
④「マーシャル・プラン」
✅ 正しい。
1947年に発表されたヨーロッパ経済復興援助計画で、西欧諸国に巨額の援助を与えて戦後復興と1950年代以降の高度成長の基盤を築いた。ソ連・東欧の拒否は東西分断を経済面で固定した。
覚えるポイント
- マーシャル・プランは1947年発表、西欧16カ国が受け入れ
- ソ連・東欧は拒否し東西分断が固定
- 受け入れ組織がOECDの母体に
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。