RN7-009|公共・倫理 対策問題
神仏習合の展開の中で生まれた本地垂迹説の説明として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
日本の神々は、仏や菩薩が人々を救うために仮の姿をとって現れたものだとする考え方である
この問題のポイント
本地垂迹説における本地(仏)と垂迹(神)の関係の向きを正しく捉えられるかを問う問題。
解説
仏教が日本に定着する過程で、在来の神祇信仰と仏教を融合させる神仏習合が進んだ。奈良時代には神社の境内に神宮寺が建てられ、神前で経が読まれるようになった。
その理論化が平安時代に広まった本地垂迹説である。本地すなわち本来の姿は仏・菩薩であり、日本の神々はその仏が衆生を救うために日本の地に垂迹した(仮の姿をとって現れた)ものだとする。たとえば天照大神の本地は大日如来とされた。この考えに基づき、神は権現(仮に現れたもの)とも呼ばれた。
なお、鎌倉時代以降には逆に神を本地、仏を垂迹とする反本地垂迹説(神本仏迹説)が伊勢神道などで唱えられた。明治政府の神仏分離まで、神と仏が共存する信仰形態が日本の宗教の基調であった。
ひっかけポイント
本地(仏)と垂迹(神)の関係を逆転させる選択肢が最頻出。神が本体だとするのは後世の反本地垂迹説である。神仏分離は明治期の政策で、古代の神仏習合とは正反対の動き。
選択肢の確認
①「仏や菩薩は、日本の神々が外国で仮の姿をとって現れたものだとする考え方である」
❌ 誤り。
誤答理由: 本地(仏)と垂迹(神)の関係が逆である。神を本体とするのは鎌倉時代以降の反本地垂迹説(神本仏迹説)の立場である。
②「神への信仰と仏への信仰を厳格に区別し、神社と寺院の分離を進める考え方である」
❌ 誤り。
誤答理由: 神仏の分離を進めたのは明治政府の神仏分離政策であり、神仏の融合を説く本地垂迹説とは正反対の動きである。
③「仏教を邪教として排斥し、神祇信仰の純化を図る考え方である」
❌ 誤り。
誤答理由: 本地垂迹説は仏教と神祇信仰の融合の理論であり、仏教排斥・神道純化の考え方ではない。
④「日本の神々は、仏や菩薩が人々を救うために仮の姿をとって現れたものだとする考え方である」
✅ 正しい。
正解。本地垂迹説は、本地である仏・菩薩が衆生救済のため日本の神々の姿をとって現れた(垂迹)とする神仏習合の理論である。
覚えるポイント
- 本地垂迹説=本地は仏、神は仏の仮の姿(垂迹)
- 神仏習合の理論化で、神は権現と呼ばれた
- 逆転させた反本地垂迹説は伊勢神道など
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。