JT2-A09|歴史総合・日本史探究 対策問題
仏教の受容をめぐる6世紀の対立について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏が対立し、蘇我馬子が物部守屋を滅ぼした
背景・因果
百済からの仏教公伝をめぐり、崇仏派の蘇我氏(稲目・馬子)と排仏派の物部氏(尾輿・守屋)が対立し、587年に蘇我馬子が物部守屋を滅ぼした。以後、蘇我氏が政権の中心となる。
覚えるポイント
対立の実質は渡来人と結ぶ新興勢力(蘇我)と伝統的軍事氏族(物部)の主導権争い。「宗教対立」だけで説明しない。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「仏教はこのとき禁止され、平安時代まで伝わらなかった」
物部氏敗北後、飛鳥寺建立や聖徳太子による仏教保護が進んだ。仏教が平安時代まで禁止されたのではなく、飛鳥文化の中心となった。
② ✅ 正解「崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏が対立し、蘇我馬子が物部守屋を滅ぼした」
6世紀、崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏が仏教受容と政治主導権をめぐって対立した。587年に蘇我馬子が物部守屋を滅ぼし、仏教受容が進んだ。
③ ❌ 誤答「物部氏が仏教の導入を主導した」
物部氏は伝統的祭祀・軍事を担う排仏派で、仏教導入を主導したのは渡来人と結び付く蘇我氏である。崇仏・排仏の対応が逆である。
④ ❌ 誤答「対立は起こらず、全豪族が一致して受容した」
蘇我稲目・馬子と物部尾輿・守屋らの間で対立が起き、武力衝突に至った。全豪族が初めから一致して受容したわけではない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。