JT3-A06歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究A 原始・古代の日本と東アジア(2) 歴史資料と原始・古代の展望

「漢委奴国王」と刻まれた金印について述べた文として正しいものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 4

正解

志賀島で発見され、『後漢書』東夷伝の記事と対応するとされる

背景・因果

1784年に福岡県志賀島で発見された金印は、『後漢書』東夷伝の「建武中元二(57)年、倭の奴国が朝貢し、光武帝が印綬を与えた」という記事に対応すると考えられている。文献と実物資料が結び付く代表例である。

覚えるポイント

卑弥呼が魏から受けたのは「親魏倭王」の称号と金印(現物は未発見)。「漢委奴国王」(57年・後漢)と「親魏倭王」(239年・魏)の混同が定番の引っかけ。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「『魏志』倭人伝に卑弥呼へ与えたと記された金印そのものである」
卑弥呼が239年に魏から受けたのは親魏倭王の称号と金印で、現物は未発見である。「漢委奴国王」印は57年の後漢と奴国の関係を示す。

② ❌ 誤答「大和の古墳から出土した副葬品である」
金印は大和の古墳の副葬品ではなく、北部九州の志賀島から単独で発見された。奴国も北部九州にあったと考えられる。

③ ❌ 誤答「遣唐使が持ち帰った唐の皇帝の印である」
金印は遣唐使開始よりはるか前の1世紀に後漢の光武帝が奴国王へ与えたとされる。唐代の遣唐使が持ち帰った印ではない。

④ ✅ 正解「志賀島で発見され、『後漢書』東夷伝の記事と対応するとされる」
金印は1784年に福岡県志賀島で発見され、『後漢書』東夷伝が記す57年の奴国王への印綬授与に対応すると考えられる。文献と実物が結び付く例である。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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